人間関係の大きな改革期。信用スコアの日本での普及について。

みなさんおはようございます。荒川区の行政書士事務所。

行政書士題也のコウヤです。

 

 

きのうは天気が良く、過ごしやすかったのですが今日から雨っころが続くといってました。
涼しくなるので、たまに降るのは良いのかもしれません。
 
 
最近、AIの進化に伴って『ブロックチェーン』やら『5G』やらテクノロジー系のものがやたらと騒がれている気がします。
 
そうした少し騒がれているものの1つに『信用スコア』というものがあります。

 


 
 
 
既に日本でも、金融機関などではその人の信用スコアのようなものを持っていて、融資をするかなどの決定の際に使用していると思いますが、ここで問題となるのは『誰でも=国民の全てが、すぐにその場で見れる』という点になると思います。
 

 

 
先日、ツイッターで

ということをツイートしました。

 

 

この信用スコアが完全に普及すると、融資などの取引きの安全は強力に担保されると同時に、人間の関係そのものに大きな影の部分をつくることになってしまうのではないかと思っているからです。
 
 
そのため、私個人としては、信用スコアの100%の完全な普及はあまり強く望んではいないです。むしろ、現在のマイナンバー制度ぐらいのだらしない普及率ぐらいでちょうどいいと思っています。
 
 
お隣の国、中国などでは既に信用スコアが現実的に使われてきているということもあってか、今後、日本の政府も焦りを感じて普及にかなり力を入れていくかもしれません。
 
 
ここでなぜ、個人的にあまり信用スコアの普及を望んでいないのかということについて、具体例をまじえながら触れていきたいと思います。

 


これは

 

① その人の持つ可能性を早い段階で諦めてしまう社会になってしまう可能性が高いから。

ということと、先程少し述べさせていただいた、

② 閉鎖的な人間関係の構築になりやすいから。

 

 

という2点が大きな理由となります。
(これ以外にも単純に数値化したとき、私が赤点になってしまう可能性があるため。ということもあるのですが・・・・)
 
 
そもそもなのですが、この数値のかけ方の比重についても、なかなか難しいものがあるという意見があるようなのですが、私もその方達と同意見です。
 
 
 
例えば、の話しになってしまいますが、
 
電車の中にでご老人に座席を譲ったとします。これで5点だとします。
片一方
同じく、電車の中で妊婦の方に座席を譲ったとします。これで3点だとします。
 
 
 
どうでしょうか。
もう、この段階で争いの種になっているのではないでしょうか?
 
 
今は、あえて5点と3点とに分けたのでまだいいです。答えが比較的、出しやすいです。
では、これを同じ5点にしてみたらどうでしょうか?
 
 
もう、これは相当に価値観の固まったもの同士の強烈な争いになってしまう可能性が大だと思います。ご老人の方にウェイトを置く人。妊婦の方にウェイトを置く人。基本的にはいずれか一方に比重をおおく置いた結果となってしまい無意識のうちに2者間に静かな対立が生れてしまうかと思われます。

 

このようにピシッとした明確な定義が定めにくいと思えるため、私は信用スコアの本格的な普及は望んでいないのです。

 
 
そうでなくても、本来、ピシ、ピシ、ピシ、ピシするのはあまり好きではありません。
 
 
ましてや、金融機関の融資などの信用取引を行う際に信用スコアは使用され、誰でも=国民の全て、が利用可能なのです。

 

 
非常に大きな利権が、使用用途にかかっていき、そのシステムの使用可能な対象者は全国民なのです。
 
 
先程のご老人と妊婦の方の点数などのように微妙なニュアンスの出来事に対しては、ほぼ例外なく、しっかりとした明瞭会計のような判断基準ではなく、あやふやなここ最近の日本基準である【ふわふわ基準】をもってして答えを出されてしまうといった結果になってしまうのではないかと思います。
 
 
『ふわふわ判断でピシッと30点!!』とか、あまりにせつな過ぎます。
 
 
話しを戻しますが、歴史を見ても何度も何度も、同じことを繰り返していますが、このように利権が大きく絡んでくると必ずといっていいほど、公平な価値観が崩れていってしまい、最終的には理由のしっかりとしない独裁的な形で答えを出してきているといった背景があります。
 
 
ちなみに、強烈なまでの共産主義である中国で比較的順当に信用スコアが馴染んでいったというのも、このシステム自体にそういった独裁的な一面を潜在的にあわせ持っているということを垣間見ることができます。
 
 
ちなみに、中国では

このように、既にかなり細かく点数をつけている段階までいっているようです。

中国の風土がなせる業だと思います。
 
 

 

話しを戻しますが、信用スコアの完全な普及は上位に立つものが常に有利性を振りかざす結果となり、信用スコアありきの閉鎖的な人間関係を構築させてしまう可能性が極めて高いと思うため、完全な普及を望まないのです。
 
 
ましてや、今後信用スコアが普及していった際に、少し前に政府が行ったような、公文書改ざんのようなことをされてしまっては、例え、信用スコアの内訳に対してメスを入れようと思って個人情報の開示請求を行ったところで焼け石に水のような結果となってしまうのではないでしょうか。
 
 
 
個人情報についてなのですが、現段階では以下のような方法で自己防衛することができますので、ご参考になさっていただければ幸いです。


 

ですから、日本での信用スコアの本格的な普及に対しては極力慎重になっていただき、今までの日本の歴史が育んだ、素晴らしきテキトーさを貫き通していって欲しいと思っています。

 
 
なんだか、単純に自己防衛の話しになってしまっているので、ここら辺で話しをまとめていきたいと思います(笑)

 


 

ということで以上になります。

 
 
 
本日は信用スコアについてお話させていただいたのですが、この制度自体あと10年もしないうちに段階的にですが日本でもかなり普及していくことになると思います。
 
 
そうなったとき、どういった人間関係が構築されていき、人と人のつながりはどう変化していくのか、とても気になってしまいます。
 
 
 

 

今日は雨が降ったりなどで、天気がぐずついているみたいです。

かぜなどひかないように、どうかお気をつけください。
 
本日もお忙しい中、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

 

また会いしょう。では♪


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